talk aboutお金/時間/信用

お金より信用なんだってば

人に会うと本当によくブログ記事の話をされる。意外と読まれているのだ。

それもあるけど、そのほかに僕は本当によく「お金を稼ぐネタないですか」などと聞かれるのだ。そんなに稼ぎネタばっかり嗅ぎ回ってると思われているのだろうか。ただ単に自分の好きなことを人より先に突き詰めた上で、それを知らない人に教えたり、やりたくない人の代わりにやったりしてるだけなんだけど。その範囲がやたら広く見えてしまって嗅ぎ回ってる感があるのかな。
ただ、そういう風に他人の役に立つ(=価値創造)によってお金を稼ぐには、当然ながら自分に何かしら努力が必要だという点でみんな面倒なんだろうと思う。だから手軽にお金が手に入りそうな”ネタ”を欲するのだ。
実際のところ「どんな手段でもいいからお金を稼ぐ」ということだけ考えると、実はこれはあまり難しくない。ただし、やったところで何の意味もないので僕はやらないというだけ。

僕の人生において最も大切なものは時間と信用なのだけれど、では自分にどれぐらいの信用があるのかを考えると、誰かに「金貸して」って頼んだとき自分にいくらまで貸してくれるか、これが一番端的な指標になる。(ただしその審査に長い時間がかかりなおかつ主観的すぎるから客観的指標としての信用スコアが騒がれている)

信用はいろんなものに変換できる。今の例のようにお金に変換することもできるし、「仕事なくなっちゃって住むとこないから仕事見つかるまで1ヶ月だけ泊めてくれない?」つって泊めてもらう(あるいは家賃少し補助してもらう)とか、おなじ理由で食事を奢ってもらうみたいに生活の糧にすることもできる。あるいは頼みごととして他人に何かしらの作業をお願いすることによって自分の手が空く、つまり時間や専門性に変換することもできる。

お金が大事だっていう人もいるけど、お金には限度がある。お金は足りなくなっても信用さえあれば借りることができるし、借りたお金で何かしらの価値を生み出して、その結果としてまたお金を生み出せばいい。だからお金は重要じゃない。

信用は一度変換してしまっても、例えばお金を借りたならちゃんと約束どおり返すことで回復する。しかし返さなければそのまま減っていく。つまり「どんな手段でもいいからお金を稼ぐ」という目的を達成するだけならば、これはもう信用を切り売りすることで簡単に実現する。本来は労働という形で自分の「時間」を切り売りするわけだが、それを信用にすり替えるだけ。それは手持ちの信用を糧に相手を騙してお金を奪う形になるので、正しい呼び方をすると「詐欺」になる。それによって信用はどんどん失う(だから前にお金を貸してくれていた人でも貸してくれなくなったり、前より少ない額しか渡してくれなくなったりする)ものの、それと引き換えにお金はどんどん手に入っていく。
しかし、当たり前だけどそれじゃあダメなのだ。そんなことしても全く何の意味もないことに早く気づいてほしい。

やはりお金を稼ぎたいなら価値を提供できるようにならないといけないのだ。価値を創造できれば誰かしらの信用を得ることができるし、信用があればお金がなくてもそれ以上の価値を他人から提供してもらえるようになる。そして結果的にお金も手に入るのかもしれない。

すると結局やるべきことは何なのかというと、「好きなことを見つける」「それを突き詰める」という作業になるのだ。ただ最近色んな社長さんなんかと話していると、「うちが成功しているのは別にこの事業が好きなわけじゃない。ただうちにしかできない事業だからやってるだけだよ。」なんて会社さんもある。価値さえ提供できるのであればそれでもいい。ただ、興味のないことを突き詰めるのは端的に言って苦役なので普通はそっちの方が難しいんだけどね。