調べる能力よりも先に身につけるべきものがあるっぽい話

調べる能力よりも先に身につけるべきものがあるっぽい話

「これからの時代は覚える必要はないから共通テストはスマホ可に」なんて本気で言ってんのかね。

スマートフォンで調べる能力自体は確かに大事なんだけど、それって課題設定(そもそも調べたいことはなんなのか)とか読解力(文章の理解と情報の選別)とかいろんな能力が交絡した結果として得られる変数なわけじゃん。いきなりそういう応用的な能力だけ調べてしまうと、その人の個別のどの能力が高い/低いのかを切り分けて考えることができないはずで、これは「共通テスト」として基礎をみるには明らかに不適切だと思う。

応用能力は大学ごと(もっといえば学部学科ごと)に要求する内容も質の高さも違うはずで、それは個別の2次試験でやってくれればいい。っていうか大学入ってからやればいいんじゃねーのかな。まあ私は「PC使用可にしてその場で調べながら書かせるレポート試験をやらせてくれ」つって普通にダメって言われましたけどね。

大学の外をみると「答えのない時代の試験」みたいなことをやりたがる(正確には”求める”の方が近い)人たちがすごく多いのだが、大学の先生が口を揃えて言うのはとにかく「まず基礎力がないと…」っていう話なんですよね。たとえば僕の統計学でも高校で扱ってるはずの平均・分散や、あとは(やってない人も多いだろうけど)シグマの計算とかに結構な時間を使ってるわけで。確率的思考なんて答えのない時代にぴったりの内容だけど、じゃあ内容としてそこまで辿り着けるのかっていう話なんですよね。

あと、覚える必要がないみたいなのも、そりゃ一字一句何もかも覚えておく必要はないよ。ただ「賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ」じゃないけど(この言葉が厳密に意味する”歴史”とは他人の失敗のことだそうなので本当に違うのだが)、目の前の事象と過去の似た事象を比較することで類似点と差異を発見したりとか、それらを元にその先を予測したりとか、そういうことするためには最低限の情報は頭に突っ込んどかないとダメでしょ。知らないことってそう簡単に調べて気づけるもんかね?