政治

トランプ政権の答え合わせ

およそ4年前の夏、まだ僕が尖り散らした大学院生だった頃、頼んだものは出てこないのに頼んでもいないものは勝手に出てくる大須のきったない、でも僕らが大好きだった焼き鳥屋で、仲間たちと今後誕生するトランプ政権についての話をしていた。

僕はあの頃、過剰なポリティカルコレクトネス(PC)への反抗がトランプ政権を生んだとずっと主張していた。それはひとえに、僕自身がPCに疲れていた部分でもあった(他者への配慮はもちろん重要だが、僕らはあらかじめこの世の全てを考慮に入れた上でモノを話しているわけではない)。当時はそこまでしか見えていなかったけど、トランプ政権が終わり熾烈な選挙争いが繰り広げられた今振り返ると、あの考察は(間違ってはいないんだけど)厳密には少しだけ違っていて、PCはあくまで見えている部分の一端でしかなかったことに気づいた。

世の中はどんどん良くなっている。僕は常々そう信じているけど、そういった中でPCによる意識のアップデートが世界的に試行されてきた。他人に配慮するなんていうのは相手の人種や性別に関わらず当たり前のことだけど、環境に配慮しようだとか、平和な社会を作ろうだとか、そういうもっと大きなテーマまで意識して生きていくことが(今でもなお)求められている。でも、世の中には今日を生きることで精一杯な人たちがたくさんいて、そういう人たちからしたら自分の生活も守ってくれないのになぜ自分たちがそんな(ある種きれいごとにも見えるような)大きなスローガンに同調して綺麗に生きていくことが求められるのか納得がいかなかったのではないか。僕自身もトランプ政権の誕生は何か社会を漠然と支配する「欺瞞」のようなものを吹き飛ばす起爆剤になってくれるような気がしていた。今思うと隠れトランプ支持者だったのかもしれない。リベラル色の強い大学においてそういうことはあまり言えなかったが。

結果そこから4年間でとんでもなくいろいろなことがあったけど、いま選挙の中で、先に書いたような「社会(あるいは地球)全体よりも目の前の生活を見てくれて、なおかつ小難しいことを言う人々をある種の暴力で一蹴する役割」としてのトランプは、まだアメリカ国家においてそれなりに需要が根強いんだということをあの選挙結果は僕らに語りかけてきているような気がする。