Apple TV+『テヘラン』を観て

Apple TV+で海外ドラマ『テヘラン』”TEHRAN”を観た。素直に全部書きたいのでネタバレします。

テヘランは元々イスラエルの公営放送が作った番組だからもうちょっとイスラエル寄りな脚本なのかと思ってたけど、必ずしもそういうわけではなかった。これまで大体アメリカvsロシア/中国/北朝鮮みたいな構図の作品ばかり見ていたので、イスラエル vs イランの構図は新鮮に楽しむことができた。ただそこの関係性についての事前知識がもう少しあるともっと楽しめたのかもしれない。

レビューにも多い「モサドにしては主人公が無能すぎる」は確かにそうで、個人的にはこういうエージェントにはソルトみたいな超人的なものを期待してしまうんだけど、しかしカマリも言っていたようにスパイやエージェントに見えないやつこそ工作員に向いていたりするのだ。主人公のタマルは割と無能で感情的だし、何より潜入先の文化とか入れ替わる相手の振る舞いとかそういう下調べがなさすぎてびっくりする。スパイものってそういうところはもうちょっとちゃんとやると思うんだけど。特に守衛に親指立てて引きずり出される凡ミスは酷すぎると思うんだけどあれはマジでなんなんだ。そして最初電気会社に忍び込むのにもエレベーターで会った同僚に対してそっけなさすぎるし、あの時点で通報されて作戦が全て終わっていてもおかしくなったように思う。

一方のミラドも、sickboyの時点では有能そうだったのに中身はアメリカによくいそうな(実際こういうのにはよく会ったし俺自身もこういう感じだったのだが)ヒッピー気取り系大学生だった。パスポートを一向に用意できない時の言い訳あたりにクズ感がよく出ていてあそこは実によかった。

途中から合流した現地エージェントのモハマドは、タマルと比べるとモハマドの動きの方が明らかに正しい場面はいくつもあった。タマルは指紋認証の場面でモハマドをハメておきながら、あんなに命令に忠実なモハマドを動かしていたカドッシュのことは最後まで割と信頼していた。モハマドがミラドを殺そうとするのは結局カドッシュの意向だというのに。そういうところの思慮の浅さに苛ついてしまうのは、物語に入り込んでいる証拠とも言えるのだろうか。

何よりカドッシュは、最後あんな大事なミッションで突然現場の第一線に立つような未だバリバリに現役のエージェントでありながら、中盤までオフィスの無線で四六時中ずっと電話番してるのはおかしいのではないか…?

話の流れとしては、人質を取りあうなかでイスラエルとイランの双方にカタルシスを作りすぎていて、最後の方はもはやどっちの国の作戦がうまく行こうがどちらにせよ喜びと悲しみが出るなあとか思っていたのだが、結果どっちにも着地せずに終わったのには驚いた。何も結論が出なかった。もちろんメインの展開としてはイラン側がうまくやったっていうことにはなるんだろうけど、いかにも海外ドラマの悪いクセっていう感じの続編前提の作りで、その割には実は明確に解決していないのは人質のナヴィが解放されていないことぐらいなんですよね。でももはやイスラエル側には解放する義理がない。イラン側も今さら停職中のエージェントの入院中の妻を奪還するためにタマルレベルのエージェントを差し出すわけもないだろうし。まあ人質になっていることはカマリ以外知らないからそんなことはどちらにせよ起きないんだけど。見返したら第二話でカマリは上司から「国民への忠誠を家族よりも優先する男」だと言われてる。そら妻が捕まったなんて言い出せないわな。

それにしてもタブリジの扱いがひどすぎて可哀想になるな。解放される直前のタブリジの「私は2人います」が気になる。

てかカマリは停職中なのに独断専行で動けすぎなんじゃないか?服務中に報告がなくてああいう処分を食らったんだから、停職中もどういう動きしてんのか監視してなきゃダメでしょ。(変電所に入れなかった以外は)上司からの縛りがない分むしろ停職中の方がよっぽど自由に動けてんじゃん。手帳とか取り上げなきゃだめでしょ。

サブタイトルが”Once you’re in, there is no way out”ってなってるけど、純粋に抜け出すことだけ考えたら一旦パスポート偽造はできていたんだから抜け出せていたと思うんだけど。あの場面が終わった瞬間からストーリーの主眼は抜け出すことではなく当初の原発の爆撃に戻ってるはずで、だとしたらこのサブタイトルが適当なのかはちょっと疑わしい。

あとアレズーは死んだのか。殺す明確な理由がないのだが。

てかカマリの部下のアリがかっこいい。ロバート・ダウニーJrを彷彿とさせる。カマリの部下3人がエレベーターで顔を寄せてるところを下から撮るシーンが無駄にかっこいい。アリカッコいいけど、最終回の最後で「20分で行きます」とか「部隊を寄越します」とか言っておきながら到着する前に終わってしまった。その少し前、カマリが停職になった後に現上司とかなり大きな遺恨を作ったんだから、あそこから現上司を裏切ってカマリに付いて動くのかと思っていただけに残念だった。

ただカマリの言葉に由来して現上司の「ネタを片っ端から潰す」無能感を一旦醸し出しておいてから、実は彼がやろうとしているのは敵を誘い込む罠でしたっていう流れで印象を完全に逆転させたのはよかった。明示されてないけど指紋の登録が簡単に行きすぎたのは上司とカドッシュの連携でレーダーを偽装(のさらに偽装)させて戦闘機をおびきよせるためだし、だとしたらカマリの余計な動きさえなければ初めに(それこそ第一話で)さっさと電力会社に忍び込んで同じ結末(イスラエル的には罠にはまって失敗、イラン側にとっては成功)になっていた可能性もあるわけだよね。ってことはそこから7話重ねて結末は結局変わらなかったわけだ。なんだそれ。

スペシャルで「誰が善人で誰が悪人か、最後まで不明だ」つってるけど本当に終わっても不明だよ。繰り返すけどイラン・イスラエル双方にカタルシスがあるから一人の人間に善悪双方の印象がこびりついてしまっていて善悪では判断できないように思う。イランの核保有(の疑い)を阻止することを善とすればまあわからないでもないのだけれど。

最後に、このドラマのテーマソングもそうだけど中東っぽい音階のクラブミュージックはいいなあ。ワイルドスピードのGet Low (Dillon Francis & DJ Snake)以来の良さ。