生活

院生時代に結構通っていた本山のKFCがいつの間にか現金のみになっていた。かなしみである。

結婚の役割の話

一体俺は週に何回「早く結婚しなよ」と言われればいいのか。前の”話”がなくなってからまだ半年も経っていないのだが。婚活しろってめちゃくちゃ言われる。でも人間なので言われるとやりたくなくなる。

そもそも結婚というものは不確実性と背中合わせにある。それは結婚相手がどうとかいう話ではなくて、俺の人生における最大の不確実性は病気なのだ。50で死ぬって言われたから25歳で人生1/2パーティを行ったのに、ここ1年ぐらいは医療の進歩もあり「このままなら70ぐらいまで生きられるかもしれませんね」とか言われていて、また人生設計が組み直しになってしまった。70で死ぬとしたら貯金しなきゃいけないじゃねーか。ふざけんなよ。友達にも「えっ50で死ぬっていうからパーティしたのにお前70まで生きんの???」みたいな目で見られたらつらくね?

それは置いておいても、人生100年時代だろうと俺は結構サクッと死ぬので、必然的にいくつも考えなければいけないことが出てくる。たとえば俺がよく言う「ぜんぶやればいい」も結局はここから来ているわけだ。そのいろいろ考えていく中でも特に「あらかじめ短命であることがわかっている人間に結婚や子育てをする資格があるのか」というのは俺にとって一生考え続けなければならない問題なのだ。ぜんぶやればいいという言葉と、初めから成人も見届けられないぐらいさっさと死ぬかもしれないとわかっていながら子供を育ててもいいのかという問題の間で俺は一生悩み続ける。

多くの人が俺に結婚を勧めるにあたり配偶者にどんな役割を期待しているのか知らないが、俺には(ドヤ顔で書くことでもないが)最低限の生活能力ぐらいはある。料理も洗濯も掃除も自分でできる(正確には機械にやらせているだけなのだが)し、朝から仕事があればちゃんと起きてシャツにアイロンをかけ遅れずに行くことができる(前の職場で出勤日初日に寝坊したのは忘れてほしい。人間は日々良くなっていくのだ)。

上の問題もあり、結婚したとしても配偶者に家のことを任せている暇などない。お互いに仕事と趣味の自分の人生を歩み、そして家のことは全て機械にやらせればいい。まあどっちにしても夫婦別姓になるまで結婚したくないが。

ちなみに俺は一人で生きていくだけなら、今の仕事がなくなっても道端で酔い潰れて職質される昔の生活に戻りいつの間にか死ぬだけなので関係はない。

最近聴いている曲
三浦大知『別れのベル』
『球体』や『Blizzard』で世界に名前を広める三浦大知だが、実はシングルのカップリングが神がかっていることはあまり知られていない。『DELETE MY MEMORIES』のカップリング曲『DAMN』や、『Turn Off The Light』のカップリング曲『別れのベル』は、はっきりいってこれがシングルで出ていてもおかしくない。Nao’ymtは本当にすごい(別れのベルはSTYだが)。